“採卵後”や“胚移植後”の性行為はいつからOK?気を付けることは?
妊活をはじめたばかりの頃は、タイミング法という排卵期に合わせて性行為を行う方法を試す方も多いと思います。この場合、排卵期以外に性行為を行ってはいけないという制約はなく、どちらかというと妊娠の確度を高めるため、性行為の回数を増やすことが推奨されています。
しかし、不妊治療の中でも高度な医療技術を用いて行う
体外受精や顕微授精という段階に入ると、性行為のタイミングにも制約がでてくることがあります。
特に性行為を控えたほうが良いタイミングが
「採卵後」や「胚移植後」
です。
今回は、なぜ採卵後や胚移植後には性行為を控えたほうがよいのか、またいつからであれば性行為を行ってもよいのかご紹介します。
目次
採卵のステップと方法を解説
採卵後や胚移植後に性行為を控えたほうがよい理由を理解いただくために、まず体外受精のプロセスについて説明させていただきます。
体外受精(顕微授精)は卵子と精子を体外で受精させ、受精卵(胚)を子宮に戻す方法です。そのため、
「採卵」というステップが欠かせません。
通常、毎月1個の卵子が排卵されますが、生殖補助医療(ART:Assisted reproductive technology)においては、妊娠率を高めるために一回の採卵で複数の卵子を採卵できるよう「調節卵巣刺激法」がとられることがあります。卵巣刺激に使用する薬により、大きく高刺激法・低刺激法に分けられます。なお薬は使わない自然周期法による採卵方法もあります。
▶卵巣刺激別!体外受精の治療法別プロセスとスケジュールについてはこちらから
排卵誘発(卵巣刺激)から採卵までのプロセス
卵巣刺激法により、採卵までの期間や使用する薬は異なりますが、基本的には薬を用いて卵胞を育てながら自然排卵はしないようにし、卵胞が十分育ったら薬で排卵を促します。排卵を促す注射や点鼻薬を打った後、35時間前後(翌々日)に病院を受診し、採卵するという流れで進められます。
医療機関ではどのように採卵している?
採卵前には、必ず経腟超音波検査を行い、排卵していないことを確認します。
排卵していないことを確認後、経腟超音波で卵胞の位置を確認しながら、穿刺(せんし)針を腟から卵巣に向かって刺し、卵巣内にある卵子を卵胞液ごと採取します。
採卵にあたり、麻酔は使わず、坐薬のみで採卵を行う場合もありますが、
穿刺針による痛みの軽減のため、採卵時は本人の希望と医療機関の方針により
「静脈麻酔(点滴により麻酔薬⦅鎮静薬⦆を体に入れる)」あるいは「局所麻酔(腟壁に刺す)」を打つケースが多い
と言えます。
▶採卵時の麻酔によるリスクはある?体外受精で考えられるリスクについてはこちら
採卵後の性行為(夫婦生活)はいつから大丈夫?
上記でご説明したように、
採卵時に行う局所麻酔や採卵そのものが、腟や卵巣に刺激を与えることから、採卵後すぐの性行為を行わない方がよい
と言われています。
採卵後の性行為のタイミングは?
採卵当日から1週間程度は、細菌感染のリスクを回避するためにも性行為を控えるようにしましょう。
卵巣などの状態に心配が残る場合は、採卵後の通院のタイミングでトラブルなどが無いかを確かめてもらうとよいでしょう。
採卵後、性行為以外に気を付けるべきこと
基本的には、通常の生活を送っていただき問題ありませんが、以下の点には気を付ける必要があります。
[採卵当日]
・飲酒は控える
・入浴は控え、シャワーだけにする
[~1週間程度]
・激しい運動は控える
・感染を予防するための抗生剤など処方された薬は忘れずに服用する
[その他]
・多少の出血や腹痛は心配ないことが多いですが、出血の量が多い場合や痛みが強い場合、また高熱が出た場合は、かかりつけ医に連絡し、指示を仰ぐ
採卵前の性行為はいつまで大丈夫?
採卵後の性行為について、上記で紹介しましたが、
実は卵巣刺激方法によっては、採卵前から性行為を控えなくてはいけないこともあります。
ロング法は、採卵前の性行為も控える必要がある
採卵前に排卵してしまうことがほとんどなく、排卵日もコントロールしやすい卵巣刺激方法として
「ロング法」
という方法があります。この場合、
採卵の前周期から避妊を行う必要があります。
また、その他の卵巣刺激方法においても、卵巣刺激によりお腹が張る症状が出ることがあります。こういった症状がある場合は、無理せず、性行為は控えた方が良いでしょう。
卵巣刺激法については、医師から事前に説明がありますが、夫婦生活に関することは、旦那さまやパートナーには事前に共有し、理解してもらうことも大切です。
胚移植前後の性行為のリスクと注意点
採卵後と同様に、胚移植の前と直後も性行為は控えたほうがよいと言われています。
その理由についてご紹介します。
胚移植前の性行為は控えるべき?
双胎妊娠や子宮外妊娠、細菌感染などのリスクがあるため、性行為をする場合は避妊をするようにしましょう。
胚移植直後の性行為によるリスクとは?
胚移植後、3~5日で胚は子宮内膜に着床します。医師の治療方針にもよりますが、
性行為による細菌感染や精液の中に含まれる子宮を収縮させるプロスタグランジンというホルモンにより着床が妨げられる可能性もあります。
そのため、
胚移植後の数日間は夫婦生活をお休みしていただくのが良いでしょう。
胚移植後、性行為以外に気を付けるべきことは?
医師から「安静に」と言われていない限り、普段通りの生活を送っていただいて問題ありません。ジャンプや階段を駆け下りると、胚が流れてしまうのでは?と心配になるかもしれませんが、多少動く程度で胚が流れることはないと考えられていますので、あまり心配される必要はありません。
体外受精の胚移植を行ってから妊娠判定まで(2週間程度)は、緊張や不安を感じることもあると思いますが、できるだけストレスをため込まず、リラックスして過ごしていただくことも大切です。
なお、胚移植を行った当日は以下の点に気を付け、過ごしていただくと良いでしょう。
[当日]
・入浴は控え、シャワーだけにする
・激しい運動は控える
性行為による細菌感染は不妊や流早産の一因に
子宮内フローラ(子宮の中の菌環境)が妊娠率や生児獲得率に関わっている
ということはご存じの方も多いかもしれません。
子宮の中で善玉菌とされているのは、ラクトバチルスという乳酸桿菌です。
健常な女性の腟内では、ラクトバチルスが75〜90%いると言われており*、
ラクトバチルスが多いと子宮や腟を酸性環境にしてくれ、細菌の侵入を防ぐ、悪玉菌が増殖しづらい環境を作ってくれます。
*日本性感染症学会 (2008) 細菌性腟症ガイドライン
▶ラクトバチルスは何種類もある!?妊娠・出産によい種はどれ?
しかし、何らかの要因でラクトバチルスが少なくなり、悪玉菌が増えてしまうと細菌性腟症を引き起こしてしまうことがあります。
そして
細菌性腟症は、妊娠初期における流早産のリスクファクターの一つ
という報告があります。
細菌性腟症は性感染症には含まれませんが、パートナーからの感染、つまり性行為により感染する可能性があります。
[細菌性腟症に関係する菌]
・ガードネレラ
・プレボテーラ
・ストレプトコッカス
・アトポピウム
これらは、菌を培養する方法では検出できず、子宮内フローラ検査の技術でも使われているゲノム(遺伝子)検査ができるようになり検出できるようになった菌です。
また、
ウレアプラズマやマイコプラズマといった性感染症は、早産・流産に影響することがわかってきています。
[早産・流産に関係する菌]
・ウレアプラズマ
・マイコプラズマ
▶参考記事『“無症状の性感染症”が引き起こす「不妊症のリスク」』
このように、性行為により細菌感染してしまうと、体外受精(顕微授精)で得た貴重な胚を移植しても着床しない、着床しても流産するリスクファクターになる可能性があります。
そのため、
採卵や胚移植直後は、細菌感染のリスクを排除するため性行為は控える、あるいはコンドームの使用により細菌感染のリスクを下げることを推奨する医療機関も少なくありません。
昨今、細菌性腟症は可能な限り妊娠前に治療したほうが良いと言われるようになってきており、体外受精前に子宮内フローラ検査で子宮内の菌環境を調べる医療機関も増えています。その結果、妊娠や出産に悪影響を及ぼす可能性のある菌が検出された場合、女性側は医療機関で治療が行われますが、パートナーも細菌を保有している場合、性行為により再度感染してしまう可能性があることも踏まえ、性行為について考えるとよいでしょう。
▶子宮内フローラは改善できる?医療機関での治療法とは?
▶子宮内フローラ検査が受けられる医療機関一覧
「採卵や胚移植後の性行為はいつからOK?」のまとめ
今回は、採卵や胚移植前後で性行為を行っても問題ないタイミングについてご紹介しました。
・採卵時に行う局所麻酔や採卵そのものが、腟や卵巣に刺激を与えることから、採卵後すぐの性行為を行わない方がよい
・採卵当日から1週間程度は、細菌感染のリスクを回避するためにも性行為を控える
・卵巣刺激方法によっては、採卵前から性行為を控えなくてはいけないこともある
・胚移植前の性行為は双胎妊娠や子宮外妊娠、細菌感染などのリスクがあるため、性行為をする場合は避妊をするようにする
・胚移植後は、性行為による細菌感染や精液の中に含まれる子宮を収縮させるプロスタグランジンというホルモンにより着床が妨げられる可能性があるため、数日間は性行為を控えたほうが良いという考え方もある
・性行為による細菌感染は、不妊や流早産のリスクファクターになり得る
性行為は、妊活や不妊治療のためだけのプロセスではなく、パートナーとの大切なコミュニケーションの一つでもあります。しかし、体外受精(顕微授精)においては、性行為のタイミングも治療に影響することを、本記事を通しご理解いただけたら幸いです。
この記事の監修者
浜谷 敏生 副院長
(リプロダクションセンター教授)
1992年 慶應義塾大学医学部 卒業、同大産婦人科学教室 入局
2001年- 米国国立衛生研究所(NIH)加齢研究所(NIA) 加齢・発生ゲノム学研究室・
Visiting Fellow
2004年- 東京女子医科大学産婦人科・助手
2005年- 慶應義塾大学医学部産婦人科・助教
2008年- 慶應義塾大学医学部産婦人科・専任講師
2019年- 慶應義塾大学病院リプロダクションセンター・センター長
2023年4月- 藤田医科大学医学部・臨床再生医学講座(生殖医学領域)教授
2023年10月- 藤田医科大学東京・先端医療研究センター・
羽田クリニック副院長(リプロダクションセンター教授)
[資格]
産婦人科専門医
生殖医療専門医
臨床遺伝専門医
産業医
日本産科婦人科学会・代議員(臨床倫理監理委員会・着床前診断継続審議小委員会委員、提供配偶子を用いる生殖医療に関する検討委員会委員)、日本生殖医学会・代議員、日本卵子学会・代議員